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| ★7/15〜8/15までKENYA での雑貨の買い付けの旅の様子が見られます★
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| <日本到着。。> |
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| 2010・8・16(日) |
ナイロビの生活にも慣れさよならしたくない友もいてこのまま時間が止まればと思いましたがもうあとは飛行機に乗り帰るだけ。そしてもう一つの難関は荷物。。今年は一つトラブルがありましたが友のOkiddyが航空カウンターまで来てくれたのでお任せし荷物の重量はクリア。
いつもならTuskerを飲むのに今日はここでさよなら。。本当に感謝です。ここ数年毎年泊めてくれ面倒をみてくれてそして明るく楽しい方で。出国の所でさよならした。
エミレーツ航空はオンタイムフライトを心がけていて。出発時刻の1時間前には飛行機に乗らせられる。でもナイロビはいつも飛行機の中で待たせられるが今日は時間通り。ByeNAIROBI
になった。4時間半でドバイに着くそうだ。(予定は5時間)
色々考えて寝れなかった。あっという間にドバイ。夜景が綺麗
で夜の10時過ぎに着き早く着いたので4時間近く待つ。買い物をしたいが疲れたので足の延ばせる椅子でゆっくりした。あと2時間まえとなり買い物へ。ここのDUTYFREEは魅力的で行きにチェックしたのを買う予定。そしてナイロビで持てなかったお土産のチョコを。混んでいてレジが並んでいる。いつものカリフォルニアロールを食べる予定がもうボーディング時間。荷物を整理しているとアナウンスがかかっているが私達は事前に席の予約を入れておりもうナイロビでドバイー大阪のチケットも手にしているので余裕で最終トイレに行ったりして殆どゲート近くに人がいないので飛行機に乗ろうとゲートにいくとエコノミーのカウンターが人がいたので相棒は何を思ったのかファーストのカウンターへ。そこ違うよと言うとエミレーツの係員のお姉いさんがいいのよ。という。そしてあなたもう一人と来ているでしょう。SUZUKI
?なんて言っている。私ですというとパスポート貸してといい何やらチケットを発券している。私ナイロビで席の確認したのに2人だけの席予約入れたのにおかしいなぁと思っているとお姉さんがあなたビジネスよ。。えっと嬉しかったここが一番長い路線。嬉しさのあまり”ありがとう”と言った。オ−バーブッキングなどで席がなかったのだ。6年前ぐらいにも同じことがあったがドバイーナイロビの短い時間。そしてエミレーツは機種が新しくなりビジネスは180度フラットの座席。ファーストは個室。乗り込むとSUZUKIと案内してくれ座るとシャンパン。なんとモエのだ。初めての席で振る舞いがわからないがとりあえずシャンパン。のどが渇いていたのでおいしかった。席も広いし、飛び立つとお布団も用意してくれてそれはわからいので断ったがシートの段差をなくすマットレスだった。シートはマッサージ機能もあり足も延ばせたり、驚いたことに映画や音楽のヘッドホンの音も違う。そして食事はお寿司。それもスチュワーデスが一つづつお皿に入れてくれる。またシャンパンもついでくれ空港で食べそこなったカリフォルニアロールの事を考えラッキーだなぁと。そしてフラットにしてシャンパンもきいたので寝てしまった。飛行機で横になって寝るなんて思いもしなかったが快適だった。9時間のフライトもあっという間。朝食は日本食。どれもおいしかった。お味噌汁も本当に神様ありがとうという感じだった。
自分のお金で乗ることはないビジネスに乗れそれもエミレーツの機種で。。関西に着き羽田に乗り継ぎ8時半に到着した。
渋滞にあい11時過ぎに家に到着した。そして日本の暑さ。。こんなに暑いとは思わなかった。戻って1日で暑さなどで疲れた。でもこの暑さはずっと続いているという。とりあえず日本の気候に順応しないとと。。
無事日本に到着しています。お店再開はもう少しお待ちください。またご連絡しますので・・・
これでナイロビの風も終了です。。 |
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| <お別れの日> |
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| 2010・8・15(土) |
ついに今日は日本へ帰る日がやってきました。
でも今日はとても寝不足です。それは夜中の2時ごろ日本の携帯がなり日本とケニアは6時間の時差があり、夜中は日本の朝なので日本から 何か急用と思い電話に出てみるとなんとオベンビイがかけている。これは日本のだからすぐにかけ直すと伝えケニアの携帯でかけ直した。なんとこんな遅くに泣きながら"I
miss you"と言っている。そしてまだパーティは続いている様子で騒がしいそして何度もかけてもかからないと。そして今すぐにこっちに来てと言っている。今回はなかなか連絡がとれないので余っているケニアの携帯を木曜日に渡したのだ。そして日本の番号を入れておいて月に1回かけてね。とあんなに言ったのにもうかけてしまったのだ。もう遅いから寝なさいと言ってもずっと泣いている。仕方なくケニアの番号を教えた。夜中に紙とペンを持ってこさせそこから番号を聞き取らせるのも一苦労で折り返しかけてみて、といってもかけてこないかけ直すと今やっていると・・・でもようやくかけられるようになると安心したようで
、昨日あげたケニアちゃんのお人形を抱いて寝なさいといったら寝れたようだ。
そんなことを1時間近くやっていた。一度起きてしまうとなかなか寝れずまた朝の7時にはもう電話がかかり帰る前にお願いだから来てくれと何度もかかってきた。こんなにされるともう後ろ髪ひかれて帰るに帰れない。でも今日は帰る日で最後に友の家族とランチをする予定になっているのでオベンビイには時間が足りずに会いに行けない。でもみんなが起きてきたようで少し落ち着いたようだ。なんともかわいい。
ランチもみんなでおいしく食べ、今日はとても天気がよく気持ちがよい。空港まで友が送ってくれ今回は友も心配で空港のカウンターまでついてきてくれたが、また荷物のことで文句を言われ私達は何も悪いことをしてないし、セキュリティに引っ掛かるものも何も持っていないが仕方なくお金を払った。さすがの友も今回は怒っていた。なんだか後味悪くお別れも、最後のビールも飲めずにばたばたとさよならだった。
そして最後にオベンビイに電話すると、だいぶ落ち着いておもちゃを買ってといっている。もうチャーリーも起きてきたので安心しているようだ。こんなだとこれからの1年長い長い1年だ。この頃は本当に別れがつらくなる。
ここからがまた始まりでナイロビに別れを言った。 |
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| <さよならMy Family> |
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| 2010・8・14(金) |
今日1日でナイロビもさよなら。。最後にいつもの4名で今年は会っていない。でもその前に2つ見ることとランチをする友がいる。そして午後にObemviの家に行き午後4時過ぎにチャー リーと会う約束になっている。そう私の家族だ!毎年4名での写真が恒例になっている。友とランチを済ませObemviの家に。 行くと今日は夕方からBig Party があるという。Obemviの伯父さんのお客様が。いつもと様子が違いTusker Beerもケースでたくさん届いていて昼から白ワイン飲む?と言われ次々に食べ物が出てくる。時間が増すごとに車が増え庭は車でびっしり。 テントも張らケ−タリングで料理を頼みDJ も来てダンスフロアーも出来ている。何か邪魔なようだしチャーリーもここに週末だけ戻るのでここで会おうかと思っていたが話したいこともあるので近くで会う事に。そこに伯父さんが現れ何で帰るの?人と会うからというと、終わったら戻ってきなさいと。。Obemviを一緒に連れ出したかったが無理そう。時間がないのでチャーリーと。
party の話をすると知らないという。本当に今日が最後なのにまだきちんとObemviにもさよならできなかった。では戻ろうということになり戻るとかなりの人が増えObemviの家がparty会場になっている。チャーリーはグラスの洗いものに借りだされなかな4人で写真が撮れない。もう夜も遅くなっているので帰ると言うとご飯を食べてなどタイムリミット。チャーリーを呼び写真を撮ってもらう。もう8時。帰らないと。すると街までに乗り換えるマタツゥはなくなっていると。そこまで送ってくれると。でも車が多くて出せない。そこにObemviの伯父さんのカンボジアの奥さんともさよならしないと。彼女との関係も今年は深まった。もう話すこともない人と思っていたが色々な事情がありハグしたら悲しくなり彼女はそんな私達を見て心配しないで私の事と。それにつられObemviも泣いている。そのまま車に乗せ車での中でずっと泣いている。12月に来る?など色々聞いているが本当に別れの瞬間でここからの1年は長い。マタツゥ乗り場に着くとObemviは靴を履いていなかった。
急いで車に乗せたのでチャーリーがさよならさせたいからと抱っこし皆でハグしさよならした。暗い中でいつまでも泣いて手を振る2人の姿があった。
真っ暗で街の中心で今日はいつものタクシーを9時に待たせている。マタツゥが故障し皆で押しているが危ない時間。ここで降りてタクシーを拾いようやく待ち合わせの場所へ着いた。長い1日が終わったが最後に伯父さんに今年は色々会ったが来年もObemviと一緒にモンバサへ行くことを許可してくれないかと?話せた。。Obemviは伯父さんの弟の子供、そしてそのお父さんは3年まえに亡くなったが2歳の時から伯父さんの育てられている。毎年、毎年はありえないかもしれないがもう私達も家族なのだから。。 |
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| <さよならの日> |
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| 2010・8・13(木) |
ナイロビから発信するのもこれが最後になるのかなぁと思います。15日の夕方の便でナイロビを出ます。今日は少しだけオーダーしたものをピックアップし友の奥さんのケニア人と日本人の夫婦の家にお昼ご飯を食べに。
そしてなかなか会えなかったサファリドライバーとさよならの為夕方、いつものBarで待ち合わせの予定。その間にももう会えない友から電話があった。あと何人の人と”さよなら”ができるかなぁ。この時期サファリドライバーは忙しくサファリから戻ると翌日の朝早く次のサファリ。そして夜は空港へ行ったりでなかなか会うことができないのです。そして日本みたいにスピーディではないので街の移動も渋滞にあうと時間がよめません。案の定夕方5時に街で会う約束が戻れたのは6時半。友も遅れていたので良かったですが、金曜の夜のBarは大混雑。椅子がなく皆に詰めてもらいようやく座れたと思ったらグラスがないので少し待ってと。20分ぐらい待ちようやく出てきた。今日は寒くなったいるので初めて白ワインを頼んだ。ケニア人は皆ストレートでジンやラム・ウイスキーを飲む。友とは長い友達だが毎年1回ぐらいしか会えないが初めの頃はマーケットについて行ってもらった。明日は休みで明後日からサファリだそうだ。遅い時間から会ったので帰りの方法を確保しないといけない。友に送ってもらうには遠すぎるのでマタツゥ乗り場まで車でつけてもらった。
ナイロビの街の夜はそんなに危なくないが金曜日はかなり人が飲みに出ているので注意が必要。マタツゥもスワヒリ語が話せないとちょっと暗い所での値段交渉は大変。マタツゥの値段はその時その時で変わる。そして日本では考えられないが住んでいるエリアはゲートがありそこからはタクシーに乗り換える。いつものタクシーに街を出るときに電話をし、マタツゥの降りる所につけてもらう手配をした。でも途中で電話があり違うお客さんで街に来ているので時間がかかるので違うドライバーを手配したと。よかった。こんな日はタクシーも忙しくきっと1台も見つからない。こんな風にしてようやく家に帰る。でもどの国もそうだが外国での外国人の身の守り方は何処も同じではないかなぁと思う。。
明日は3組の人達と会う。もちろんObembiとチャーリーとも。。そしてナイロビの日々が終わろうとしている。。
1か月あっという間でしたが私達にとってはムズリサーナ(Good time )でした。暑い日本に復帰できるかは心配ですが皆さんも暑さに気を付けて下さいね。。またリポート送れたら。。 |
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| <Sunny day> |
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| 2010・8・12(木) |
今日は予定がまったくなく1日オベンビイと過ごすことにした。どこに行くか考えて家のそばのシェルドリック動物孤児院に出かけることにしました。ここは母親を殺された子供のゾウを保護し野生に帰すところだ。午前中の11時〜12時まで子ゾウをみんなの前に連れてきて披露するのだ。何回かここへは来たことがあるがオベンビイと来るのは初めてだ。
今日はハイシーズンと言うこともありたくさんの人が来ていた。ゾウは母系社会で母親たちと一緒に生活をしている。なぜ孤児になってしまうかわかりますか?ゾウは象牙のために密猟者たちに殺されてしまい、そのために子供が残されてしまうのです。そしてその象牙の一番の輸入先は日本なのです。ここは連れてこられた子ゾウをキーパーというレンジャーの人たちが母親代わりとなり24時間一緒に過ごすのです。寝るのも同じところです。小さくて連れてこられるとなかなか育たないそうです。子ゾウたちは時間になると、キーパー達に連れてこられミルクを飲んだり泥遊びもします。
今日は昨日までの寒さがなくいいお天気で見ていると、暑くて乾いていてでもとても気持ちのいい日です。お昼はみんなでピザを食べ午後はサッカーをして、とてもいい日でした。でもお別れはあと少しでやってきます。昨年は4日も泣いたそうです。今日はオベンビイからかわいい手紙をもらいました。ケニアのお金4シリングも入ってました。日本語の“こんにちわ”から始まり何回も“ありがとう”と書いてありました。やはり、子ゾウも親を亡くしてもそばにいてくれる人がいれば安心できるのだなーと思いました。でもゾウの場合、孤児が増えることはとてもよくないことです。でもこんなに間近で見れるのはあまりありません。どろどろになったけど、チャンスがあればタッチもできます。名前もみんなついています。 |
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| <ケニヤッタホスピタル> |
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| 2010・8・11(水) |
朝からナイロビ特有のくもり空。でも木枯らしみたいなのが吹いて寒い。でもケニアの天気もポレポレ(ゆっくり)で最近は必ず午後2時ぐらいから晴れて暑くなるので油断をして薄着で出掛けた。
そして午前はパッキングでランチタイムにチャーリーと彼がインターンで働いている国立の病院で待ち合わせをしていた。
ここはナイロビ唯一の国立病院。たくさんの患者さんであふれている。ここの内部は4年前ぐらいにチャーリが入院したので知っている。早くに着いたのでエントラスで座って待つことに。どこの病院もそうだが具合の悪い人が多いので気分的にも暗い感じだ。そして今日の天気。。寒くて薄着に私達は自分のキコイ(布)にスッポリくるまっていた。手も冷たくなっている。中はどこで待っていいのかわからないので外で。チャリーは今年卒業なので今が一番忙しいので今年は全然会っていない。昼休みに会うことに。サンドウィッチを持って。
チャーリーは今寄宿舎にいる。そこに案内すると。初めてのエリアだった。小さい窓のない部屋にベットとテーブルのみ。その部屋が長くたくさん廊下につながっている。それも建物3階で下はスーパー。あの上にこんなにもたくさんの部屋があるとは想像できない。。3人でベットと小さい椅子に座り短い間だが話しナイスランチだった。チャーリーは狭いでしょうと話していたが、授業が早く始まったり空いている時間は病室や手術などで家に帰る時間はないと。そしてここはフリーだからと。でもナイスだよ。。今は勉強して卒業してこのケニアでお医者さんになることが最大の望みだからと。3時からは授業なので別れた。
この病院はエイズ病棟もありエイズのケアセンターもあった。そしてこどもの患者さんが多かった。チャーリーは心臓の専門医になる。そして今日の寒さですっかり風邪をひき今日は早めに帰り早く寝た。。明日は暖かくなるといいなぁ。でもここの病院に来れる子供はまだいい。。
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| <悲しいこと> |
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| 2010・8・10(火) |
このところ朝晩寒いのですが午後というか夕方から暑くなり天気もよくなるのです。こちらは何でもゆっくり(ポレポレ)で天気も夕方から晴れてくるのです。今日はいつも行くマーケッ
トに最後の買い物にでかけました。もうあまり買うものはなかったのですが注文のものの引き取りと、行く前から気がかりだった”お人形のママたち”を見つけることだった。
いつもいるマーケットに顔を出すたびに探しているのに今年はまだ会えずにいるのです。顔見知りの人に聞いてみると向こうの木の下にいるよといつも言うので何回も探した。同じ人形を売っている人はいるがママ達ではないのです。
昨年ママと会ったときに商売 はあまりよくないと私があまり買えないでいると、このまま抱っこしてでも飛行機に乗れば持って帰れるから買ってと言われ、買ったのだった。そのお人形たちも名前も付けて販売したのに昨年は一つも売れなかった。
日本の子供たちはもうお人形などに興味もなく、まして肌の黒いお人形は子供たちは見たこともなく怖がっているばかりだ。行く前から今年はお人形を一つも連れて帰れないと心の中で思っていた。私はこのお人形がとても好きでおうちにたくさん連れて帰った。ママたちは姉妹で作っていてまだこのマーケットに慣れなかった時もやさしく荷物を預かってくれたり、守ってくれたりもした。ここでいつもソーダーを飲み、そうそうテレビの取材をを受けたのもこの場所だった。そのマーケットも大きな道路ができるため移動してひとの来ない場所へ昨年移動した。そのころからよくないのだ。今日は本当にくまなく探した。そしたら他の人形売りのママがあのママをさがしているの?と聞かれ、もうここには来ないよと言われ、もう会えないのかと思うと悲しくなりました。ママのお人形はどれも顔がかわいいのです。本当にもう誰も買ってくれないので。。ほんとうに悲しいことです。買ってくれることが遠くの世界の生活をも支えているのです。もう帰る日まであと4日です。
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| <3年ぶりの友> |
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| 2010・8・9(月) |
BAHATIがお店を始めてKENYAに買い付けに来ていた時、友の会社TEKKOで働いていて色々マーケットに一緒に行き値段交渉をしてくれたりサイザルバックを探しにマチャコスという彼の実家のエリアにも一緒に行ってくれたりした友と3年ぶりに再会した。今はTEKKOでは働いてなく辞めて以来会っていなかった。
9時に待ち合わせてお茶を飲んだ。ケニア人はあまり時間を守らないのとマタツゥが途中で乗りかえさせられたりして9時に遅れてしまった。急にルート変えられたり故障したりでこんな事は日常茶飯事。友は今日1日空いているから手伝えるいう
。
今日はサイザルバックをピックアップし郵便局へ行く日。この作業も以前一緒にやったから知っている。そして20Kgの荷物は私達では持てない。手伝っくれると助かる。でも時間がかかると言ったら“OKだよ”と。それならとお願いした。
まずはサイザル工場。前回の直しをチェックしいつもの20kgの箱づめ。ケニアは箱も古くて買わないといけない。今回は工場が買っておいてくれた。2個作り。POSTA へタクシーで。車の中はサイザルでいっぱい。郵便局も顔なじみがいてスムーズにいくがカスタムに見せたり重さを量り切手を買いなどなど、何度も荷物を係員のいる小窓に持っていき出したり入れたり。その度20Kg を持たないといけない。10時からスタートし終わったのは2時。お腹もペコペコ。中華料理をご馳走した。その間にも懐かしい昔話をした。あそこ行ったよね!あの人どうしてる?など 。そして、最近の私達は2人でマタツゥでどこでも行け街もマーケットも。信頼できる仕事仲間も増えスムーズになったことを話した。この友がいてTEKKOのスタッフを貸してくれた友にも感謝です。
今週は仕事が休みなのでいつでも手伝えるよと言い別れた。
早めに街を出て家の近くのマーケットに立ち寄る予定が今日は2度もマタツゥにやられた。街が今日は異常に混んでいてなかなかマタツゥが来ない。ようやく来たので助手席に乗ると高い値段を言っているが途中下車なので少しは安いだろうと乗った。お金集めになると高い値段を言う。なんで?ビレッジだよというと足りない分のお金を払えという。おかしいよなど言っていると。エンジンを止めお金集めが取りに来たので頭にきたけど治安の悪いエリアなので払った。混んでいるからと違うルートを使い変なマタツゥに乗ってしまった。嫌だなぁと思っているとメインの道にでると警察に止めれられ運転手は従わないので警察に外に出されてエンジンを止められた。すると乗っていた乗客は皆、金返してと言い寄って皆返してもらう。私も全額かえしてもらった。警察にこのマタツゥは悪いと話した。マタツゥは警察に連れて行かれた。変なマタツゥだから丁度いいと思ったが今は渋滞。街から来るマタツゥは皆いっぱい。乗れる訳がなく30分近く待った。街まで戻って新しいのに乗り換えないと思っていると今日はなんだか至る所に警察がいるので、どうしたらいい?と聞くと同じルートのマタツゥを止め定員いっぱいで席がないのに乗せてくれ席と席の間に座らせてくれてビレッジに行けた。
そこで日本に住んでいて今はケニアに戻った夫婦にばったり会いお茶した。今日は2度もマタツゥにやられた日だった。(マタツゥとは庶民の乗合バスで日産のバンを改造し14人乗りにし、それ以上乗せてもいけないのと、ルートと通る道、乗り降りさせる場所も決まっている。たまにそれを警察がチェックし違反していると捕まる)下の写真がマタツゥ。。。
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| <スケジュールミンギ> |
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| 2010・8・8(日) |
注釈・・<スケジュールミンギ>のミンギとは
スワヒリ語で“たくさん”という意味です。
今日は最後の日曜日。来週は日本へ帰る日。なのでスケージュールが重なった。一つは火曜日に変えてもらいもう一つはObembi に会いに行くこと。そして今日の約束は今日しかできないこと
なので優先した。
友が家を建てていて屋根が出来上がったので見せたいのでと言われていた。Obembi の事も気になっていたが家を見に行くことにした。途中の車でObembiから電話があった。Obembiは言わなかったがお手伝いさんがあなた達に会いたがっていると言われ後ろ髪をひかれたがぐっと押さえて友の家へ。
ケニアの家の建て方は日本と違い、ゆっくりゆっくり建てる。まずは土地。その次にお金が貯まったらちょっとづつ建てていくのだ。少しお金が入り屋根まで出来たのをみせたかったのだろう。平屋のいい家だった。完成まではまだまだだがあともう少しだ。。今のホームステイの友の家は出来上がるまでに10年ぐらいはかかった。Obembiの家の近くだったが一目会いに行きたかったが友には次の仕事があり街へ帰らないといけない。。今日はObembiに会うことを諦めた。
そして今日しかできないもう一つの約束は先生としてモザンピークのマプトに行っている友が帰国するので夕方迎えに行くこと。その前に友の友と皆で少し飲んだ。。久しぶりの人もいる。皆覚えていて握手で挨拶。空港へ。。
1年ぶりだ。彼は物理の先生でケニアではなくモザンピークに出稼ぎに行っている。お土産があると言われ見るとエビ。マプトは海沿いでシーフードが沢山あり安いらしい。ここナイロビは海に遠いのでシーフードは手に入らづあっても高い。久しぶりに醤油とショウガで料理した。新鮮なので柔らかく醤油が日本の味だった。ケニア人は苦手らしくホームステイの家族は皆ダメで友と私達だけ食べた。
まだまだ会いたい人はたくさんいる。そして期限が迫ってきている。誰とどこで会うかをよく考え1日1日を大切にしていかないと。Obembiともあと何回会えるかなぁ。。 |
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| <サファリ> |
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| 2010・8・7(土) |
8月も1週間が過ぎ、多分日本はお盆休みが始まっているのかも。こちらも8月はハイシーズンなのでNairobiも白人の観光 客の姿がとても目立ってきた。私達の滞在も残すところ1週間
となってしまった。大方の買い物は終了したので今日は土曜日 だけど、朝早くに私達の荷物を置いてもらっている友の会社で 荷造りを始めた。毎年の事だがこの作業がとてもいやだ。割れ
物などは一ずつ包んだり、あとは重さだ。一人30キロなので2人で6 0キロだが、もう今日のところで3つで60キロになってしまた 。もう一つ大きな荷物を月曜日に引き取るので、もうアウトだ。もうこうなったら送るしかないので、急いでBoxを見つけて入れなおして今日は郵便局が半日だが着いたのは20分前で終わったのは5分前だった。ここも私達の事を覚えていてくれて
、あと慣れたのもあり案外すんなりと終わった。午後からは郊 外に買い物に出かけ、ここも毎年訪れる所だが今日はバスに乗 っていると、ここのお店の紙袋をたくさん持った男の子たちがいたので尋ねるとこのバスで行けるようだ。いつもは途中で降りてタクシーで行っていた。たくさんの荷物だったので手伝うよと言って歩き始めたら、案外重く距離は結構あった。スワヒリ
語で少し会話した。あとでお店の人に聞くとここの紙袋はストリートチルドレンたちが作っていて、彼らが今日は持って来たようだ。あまり話さなかったが力を合わせて運んだのだ。
そして町に戻ると友の会社も土曜日なのにみんなドライバーたちは空港への日本のお客様のお迎えで出払っていて、明日はまたたくさんの人がやってくる。そしてみんなサファリに出かけると5・6日帰ってこないのでしばらく会わない人もいる。だいぶ今年はお客様が戻ってきたようだ。
この人たちとも毎年顔を 会わせる人で、私達の事を待っていてくれる。4人中3人は日本語が話せ一人は勉強中だ。背の大きい人とは長い付き合いでたくさんのサーポートをしてくれている。明日からはみんなサファリで1人でお迎えを全部こなす人もいる。今回一緒に来たお客様のドライバーもいる。みんなやさしく日本語が話せるので安心です。ぜひ皆さんもこちらに来てみてください。みんなとても優しいひとばかりです。
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| <マーケット> |
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| 2010・8・6(金) |
今日は家の近くでマーケットが開かれるので行った。ここは駐車場で開催されるので靴も誇りだらけにならずに見て回れるのでいい。今日はソープストーン(石の置物)を買う予定。これは小さいのに重い。朝一にいいのを見つけ買うともう重くて肩
が痛い。顔なじみもいるが人形のママやアクセサリーのスティーブンの所では買いたくてもお店で売ってないので買えない。挨拶しないのも悪いので挨拶するが何か買ってと言われると沢山買いたいが持って帰ることなど考えるとダメだ。毎年毎年たくさん買えることができればいいのだが。
お昼で切り上げここのフードコートへ。今日はタイフードと天気が良かったのでここでしか飲めないTUSKERBEERの生を飲んでしまった。重い荷物を一度友のオフィスへ。その後マタツゥでサイザル工場へ。出来上がりをチェック。心配していたNewデザインはいい出来上がりだが毎年同じビーズつけが、いつもの人がやらず間違えているので全部やり直しに。でもここのいい所は私達が良いというまでやり直しそしてここのボスは決して自分の従業員(職人)たちを怒らない。急いで明日までやると言ったが月曜日にと。その足でPOSTAに行く予定だ。
ここ数日は残された仕事をこなしパ ッキングなど忙しい。朝からで終了したのは5時過ぎ。
このと ころのナイロビは朝曇っているが昼には晴れて暑くなる。でも日 本ほどではなく心地よい。帰りがけにいつものBARへ。サモサとBEERで1日が終わった。
今日は金曜日帰りのマタツゥは渋滞にあい街はマタツゥだらけだった。そして家まではいつものタ クシーに乗り換え到着。。ここはエステートになっていて中に入るのにはゲートがありゲートの中にはマタツゥは入れない。なのでここからはいつもタクシーを呼んで乗り換える。アフロヘアーのハリソンのタクシーで朝も迎えにきてくれるのだ。。
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| <お休みかな?> |
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| 2010・8・5(木) |
まだまだ日本は暑い日が続いているようですね。このところ私達がMombasaに行っていた間Nairobiは寒かったようです。みんな朝は手袋をしたり、セーターを着たようです。でも昨日ぐらい からこちらもいいお天気で暑くなってます。
今日は憲法改正のカウントの日です。みんな投票に行った人は指に黒いマークを され2回できないようにしています。日本ではまた暴動など起 きるのではないかと懸念してたそうですが、何事もなく静かに賛成のYes
でおわりました。
今日は朝からみんな仕事に行かないので、今日はお休みかなとふと思っていたら、友だちが起きてきてお休みだと言うのです。それならば仕事できないし、今日帰ってくれば良かったじゃんと思い・・急にやることがなく、でも時間が限られているのでできることからこなしていかないと
。それで近くのマーケットはやっているので買い物に。いろいろいいものを見て収穫があり、とりあえずオフィスに行ってみると、町はたくさんの人でお店も両替所もやっているのです。
なんだ今日は休みではないじゃんと思い上に行くとみんないるのです。日本人スタッフはきているのですがケニア人は休みと間違えて休んでいる人もいるのです。そして町のお店も休み時間で閉めている所が多くどっちが本当かわからず、なんだか1日棒に振った感じです。
そして夕方からは友の弟のTAMASHAのオフィスに行きました。今ちょうど弟が日本から戻っているので いつもは日本でしか会うことはないので、こっちで会うのは久しぶりです。ビアを飲みカラオケが始まりました。この間お客さんが来ていた時にホテルで夜にカラオケ大会があるので歌
いたがっていたのですがここはみんな歌っています。日本語の歌はないですが英語の歌をひとつ覚えれば・・みんな歌って楽しそうでした。
なんだかあいまいな1日でしたが明日からま た仕事開始です。 |
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| <ナイロビへ戻る> |
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| 2010・8・4(水) |
朝10時のバスでナイロビへ戻る。でもまた今回もやってしまった。ママがバス乗り場まで送ってくれるという。9時半に出ましょうと言っていたがママはいつまでも車を洗っていてその後シャワーを浴びてからなんてのんきなことを言っている。時計を見たら9時半になっている。もうどうにも間に合わない。
キーを借り荷物をトランクに入れて早く行こうと言ったらママはシャワー。あっもうダメだと思ったら、そこにナイロビに住んでいるパパが昨日帰っていたのだ。パパが送ってくれることに。
皆にさよならも言えず、Obenbiにもナイロビでね!と言ってここからパパは飛ばした。2年ぶりのパパとは車のなかで急いで話しラッキーなことに今日は憲法改正の投票の日で国民の休日なので渋滞はなく出発の3分前。私達は荷物が沢山で1人では持てない。回りの人に手伝ってもらい、セーフ。2年前も同じ状況だった。パパにもきちんとさよならできずバスは出発。
今回はバス会社を変えいつもより少し高いバスにした。なんとVIPクラスがありこの写真の席。その前はファーストクラス。広くなっている。もちろん私達は普通。でも以前のバスより広い。でもなんだかお金が戻ってきた。バスが変わったからと。本当はもっと広く冷房が効くそうだ。ついてない・勝手にと思い、冷房が効かないと暑い。そして外人は私達だけ。ここから8時間かかる。寝ていても暑くて何度も目が覚める。3時間過ぎたところでトイレ休憩。いつも汚いトイレだが今日の所は綺麗。なんと7時間でナイロビに着いた。街は憲法改正の日でスーパーも休みで静まり帰っていた。2年前の選挙の件で警戒している。でもバスも何事もなくスムーズに着いた。でも疲れた。やはり飛行機は快敵だなぁと思ったが贅沢だから私達は来年はVIPの席ぐらいまでにしようと思った。そのくらいならいいと。 |
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| <Good Memories> |
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| 2010・8・3(火) |
朝から急いで洗濯して街へオーダーしたものをピックアップしに行き午後は子供たちをウォータースライダーのホテルのプールへ連れていく約束をしていた。オベンビイと従兄のマイキーも行きたいと言うので一緒に連れて行った。
でも明日帰るバスのチケットも取らないといけない。ママから教えてもらったバス会社にブッキングに。なんと驚くことに椅子が飛行機のシートみたいでVIP
クラス・ファーストクラス・そして普通のクラスはビジネスクラスという。もちろんビジネスにした。
私達の仕事仲間は昨年一緒に連れて行ったオベンビイの事を覚えていて懐かしがっていた。オベンビイもマイキーに色々、街の様子を教えている。次々にピックアップして約束の12時に家に戻り1時間後にプールへ。。ここのプールは昨年オベンビイに1泊だけプレゼントしたホテルだ。着いてすぐワータースライダーへ子供たちは行き何度も何度もすべっていた。オベンビイは得意そうに滑っている。途中でスコール。雨宿りをしてまたスタート。多分30回以上は滑った。皆で念願のハンバーガーも食べマイキーのお母さんとも色々話せて今までの事を色々聞いた。話は複雑だった。最後に冷えた体を温めたくてスパにも入った。目の前は海。。ナイスタイムだった。もう帰ろうとと言ったらまだ帰りたくないと言うので皆でHAPPYアワーに行き私達は冷たい白ワインを飲んだ。ケニアに住んでいてもケニアのホテルでゆっくりすることはなかなかない。。意外と皆知らない。私達からの子供達へのプレゼントだったが子供の心にいい思い出が残ってくれればと思った。最後に子供達は皆”ありがとう”と。言ってくれた |
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| <さよならまた来年> |
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| 2010・8・2(月) |
昨日から何度もスコールがある。必ず朝に強いのがやってくる 。今日でマリンディも最後。支度をして皆で海で記念撮影をしようと海へ。。仲良くなったビーチボーイとも一緒に撮った。オベンビイはシャイなのでビーチボーイともあまり話さない。そしていつも2番目のオベンビイは私たちにはわがままを言う
。今日は最後なので何度も言われたがもう来年まできいてあげれないし好きなようにさせた。
ここマリンディはインド洋の海 で沖縄に似ている。砂も細かく真っ白。そして日本人は殆ど来ない海。。こんな綺麗な海がKENYAにあるなんて知っていますか?ナイロビからはセスナも飛んでいてそんなに遠くないですがやはり長く滞在するのがベストだと思います。海でのんびりただただ海だけを眺めている休日なんてすてきですよね。。
そしてマリンディはイタリア人が多いのでなんと街でエスプレッ ソ&カプチーノが飲めるCAFEがあった。もちろんシガーも。。イタリアに来たのかと錯覚する。
私達はオーダーしたサンダルの出来上がりを待って、マタトゥシャトル(ノンストップ乗合 マタトゥ)でモンバサのオベンビイの伯母さんの家へ帰る2時間で着く。。来年は本当に来れるかなぁ?でもまた来たいと私達のお互いの心に思ったはずだ。一緒に行きたいとオベンビイが思う限り来ようと思った。モンバサに戻ったら子供たちに囲まれて3人だけの時間はあっという間に吹っ飛んだ。。
明日でモンバサも最後。そしてナイロビへ2人で戻る。 |
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| <Malindiの日々> |
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| 2010・8・1(日) |
毎朝、7時に起きて朝食を食べに行くが、私たちが泊まっているホテルは海に面していて建物も2階建で大きくなくコテージタイプもありそんなに値段も高くなく、海にはお世話をしてくれるビーチボーイがいて、しつこくなく会話をしたりしてくれる。
昨年初めてのMalindiでは情報もなく海から侵入して、プールだけ借りたのだ。ぜひ今年はここにと思いステイした。なんとここのケニア人のスタッフやビーチボーイはイタリア語を流暢に話すのだ。そして聞いてみると、ドイツ語や自分の部族語と英語・スワヒリ語なんと5か国語を話すのだ。この人たちのスワヒリ語を聞いているとイタリア語みたいだ。そしてここのホテルはたくさんのイタリア人しかいない。オーナーもイタリア人だ。たぶん日本からアジアに行くような距離なので家族で何週間もバカンスにやってくるのだ。この時期よりも真冬に1,2月のほうが多い。でも日本人は全くいない。ここのホテルはイタリア人だけがいい場所に部屋をもらっている。私たちは奥のほうにある暗いところだ。でも、Obembiは子供なのであまりわからず気にいっているようだ。
2時半〜3時半はゆっくりする時間でプールも泳いではいけない。みんな長い滞在なので私達みたいにいつも絶えず動いてなくゆっくりしている。今日は朝から物凄いスコールに遭い、涼しくなったので町に行ったがあいにく日曜日でどこもお休みだ。
ホテルに戻りすぐにプールに出かけ、海に行ったり庭になっているザクロをObembiがみつけて、一生懸命とったり折り紙をしたり、休憩時間が終わるとすぐにプールに。でも今日は天気が悪く、プールの水が冷たく、海で砂の家を作ることに。今日は日曜日なのでたくさんの地元の人が子供を連れて遊びにきている。私達が家をそれぞれ立てていると、ずーっと女の子が2人見ていて家を作り始めた。ココナッツの殻をもって来たり門を作ったりと、楽しそうだ。見物人もやってくる。
今日はずーっと雲行きがあやしくぽつと来たらまたすごい雨がやってきた。走りこんでようやくホテルへ。今日は雨に追いかけられてずーっつと動きまわった日だった。
でも明日はMombasaに戻る日だ。そして今日からは8月だ。楽しいことはあっという間に過ぎてしまう。 |
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| <Sea SAFARI> |
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| 2010・7・31(土) |
朝から晴れて日本のような暑さはなく心地いい。でもナイロビはここ数日寒いらしい。ナイロビとはかなり離れていてちょうどナイロビが東京でここは沖縄のよう。そして海の透明度も。
朝は少し街へ行きサンダルの買い付けをした。いいデザインのはサイズが少なく明日までに作ってくれるのでオーダーした。もちろんオバンビイも一緒に行った。今年は静かに待っている。ご褒美に大好きなココナッツジュースをご馳走し。街の公園で飲んでいると皆が僕を見ているという。ここは外人は殆どイタリア人。アジア人とケニアンは珍しいからだ。
そして昨日から海のサファリを午後1時にブッキングしていたのでホテルに戻り急いで水着に着替え海へ。。。潮がひいている時にリーフのエリアまで歩いて行き色々な海の動物をみせてくれる。最初はオベンビイはなかなか海の潮だまりを歩けず大変だったが、真っ赤なヒトデやウニなどをSeaSAFARI
のお兄さんたちが見せてくれたので一緒に岩をおこして動物を見つけていた。
彼らと話して、ここはあまり仕事がなく海の仕事しかないと言う。なぜ?と聞くとやはり教育だそうだ。お金がないと高校に行けずそれまでの勉強ではいい仕事に着けないという。でも彼らはすごい。。ここはイタリア人が多いので皆イタリア語がべらべらだ。ホテルの人も話す。私達なんて英語はもうだめだと決めスワヒリ語と英語の単語ミックスで話しているのに。彼らは最後に教育があればいい仕事につけて日本や外国に行けると。そして世界がもっと広がるのにと。日本は遠いの?と。
そして彼らは優しかった。歩きづらい所はオベンビイをおんぶして私たちの手を引いたりで。彼らに私達ができることは少しチップを多めにあげることぐらいしかできないなぁと。。 |
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| <In Malindi> |
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| 2010・7・30(金) |
昨日からObembiのおばあちゃんやたくさんの人がモンバサのママの家に泊まっている。土曜日にママのアパートの完成のお披露目のパーティがあるためだ。昨日は遅くに寝たのに朝7時前にObembiが起こしにきた。そして子供がみんな部屋にやってきた。あんなに昨日マイキーが一緒に行きたいと言ってたのにママが許してくれなかったようだ。たくさんの人なので朝ごはんも2回に分けて食べる。なんだか親戚が集まっているようで楽しい。みんな自分の最近のことを話したり、いままで仕事ばかりだったのでようやく休暇な感じだ。荷物をまとめて今日は1年間待ち望んだObembiとのMalindiへ出発、
ここからはマタツのシャトルというノンストップで2時間で着く。ここからは景色ものどかで土でできた茅葺屋根の家が続く。こんなところに小さな家を建てて住んだらどうだろうなんて考えてるとあっという間についてしまう。Obembiは何度も今何時と聞く。時計をなくしてしまったので時間がわからないようだ。そして昨年プールを借りたホテルに今年はチェックインして、すぐに海へと・・・あんなに昨年は海に行きたがらなかったのに今年はずいぶん成長している。海は潮が引いて水が暖かいのでお風呂につかっているようでとても気持ちがいい。ここはあまり人がいないのでゆっくりできる。ここはイタリア人ばかりで日本人は一人もいません。次はプールと忙しくプールと海を何往復もした。Obembiは1年でとても成長していて泳ぎも上手になり絵をかいたり昨年覚えていた日本語も使えるようになった。だんだん慣れてくると、いつもの調子になっている。何度も何日ここにいるのかを聞いていた。たぶんいままで自分が一番になることはなかったからつかの間でも自分だけやりたいこと食べたいことをしたいのだろう。夜も疲れているのになかなか寝ようとしなかった。だいぶお兄ちゃんなったがまだまだこどもらしいかわいい一面を見せる。
明日は少し仕事があるので朝に終わらせてまた海に行こう。 |
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| <オベンビイやってくる> |
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| 2010・7・29(木) |
ずっとモンバサで待っていたオベンビイが昨日の夜に彼の家族とおばあちゃんとやってきた。土曜日にホームステイしているオベンビイの伯母さんの家でパーティがあるので彼の家族は出席するので・・でも彼の育てているお父さんは土曜のみ来るそうだ。かねてからの約束であるマリンディ行きも了承してくれたそうだ。昨日の朝、お手伝いさんが私の部屋を朝早くノックしてママいるわよと言われママが今日の夜来ると教えてくれた。それまではもう諦めて2人だけで行こうとしていた。お手伝いさん(ダマリス)は私達が待っているのを知っていたのでいち早く教えてくれたのだ。
それから皆忙しかった。私達は街へ行きテーラーから出来上がったものをピックアップし早めにPOSTAへ。もう皆手馴れていてひとつの所は箱にいれてくれている。
はかりも用意されていて15キロあり。あと4キロの荷物を作った。いつもなら皆の手を借りるのに場所も送り方も慣れてトゥクトゥクと私達だけで行った。カスタムも無事にクリアし、あとは箱に紙を貼り全部で20キロの荷物を作る。POSTAのおばさんも手伝いあっという間だった。モンバサの郵便局はナイロビより早い。
それからママに頼まれたお花を買いに。ここは暑いエリア。フレッシュフラワーはナイロビから来るので造花がメイン。それを買って4か所アレンジし。リビングの模様替え&掃除・ベットの準備そして夜ご飯。私達も日本のお米とポテトサラダを作った。来たのは10時。皆待ちくたびれていた。私は思わずオベンビイを抱きしめてしまった。明日からは一緒に念願のマリインディに行けるのだ。長い間待っていたんだよと伝えた。 |
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| <お互いの時間> |
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| 2010・7・28(水) |
朝、強いスコールがあった。そしてイスラムのナザーン(お祈りの合図)で目が覚めた。昨日は暑くてあまり寝れなかった。そしていつ来るのかわからないオベンビイを待つことなど。
今日も朝からナイロビに戻ってきたと家の人から電話があり、その後いつモンバサに来るのかは伯父さんしかわからないみたいで今日からまた外国へ行ったみたいで友も心配して電話をくれた。
私達の仕事も今はオーダーしたものをアブドウーラ(テーラー)が作っているのを待つのみでいつもならこの時間に自分たちの夏休みをとっているが今年は違う。今日はどうにしてもオバンビイは来ないことがわかり街へ。もう一つのオーダ―した所でお金を支払い明日に全部出来上がるのでそれをチェック。朝はいつもミントハーブティーを頂く。暑いところと街は人ごみでこのお茶をもらうとすっきりする。そして次は私達のフンディの所へ。殆ど裁断してあとは縫うだけになっているがこの裁断が大変な仕事。ここは道でミシンを踏んでいるので裁断は家で。この量だときっと昨日の夜は遅くまでに違いないと思い聞いてみると朝の6時までで。2時間だけ寝てまたここでミシンを踏んでいる。よく見ると目は真っ赤になっている。1年分の仕事の量を短時間で仕上げるのでテーラーも私達の時間で仕上げないといけないのと絶対できないと言わない。今年は手伝いの子もいる。そうしないと間に合わないみたいだ。明日は半分できているのをいよいよPOSTA で日本へ送る予定。
私達もそろそろ夏休みのでかけたいのに。。 |
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| <Ocean> |
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| 2010・7・27(火) |
今日も朝から洗濯をして、でもこちらは洗濯機がある家は殆どなくたくさん泡立てて汚れを落とすのです。そしてみんな膝を曲げずに腰を曲げて洗うのです。私たちの慣れない洗濯を見てみんなやってくれるというのですがこちらも日本式でがんばってみました。今日は一日天気が安定していてSunny
daysです。
暑いですが日差しが強いくらいで今の日本の暑さとは全然違います。そしていつもの様に町に仕事へ出かけました。そろそろ注文も予算を使い果たしたので終わりです。BAHATIのテーラーの所へ頼んだものをチェックしに行きましたが毎年のお付き合いなのでどれも注文どうりに仕上がってありました。金曜日にはすべて仕事が終わるそうです。うちの仕事を優先しているので他の仕事はよそに回しています。この前もう一つの長い付き合いのお店でうちにもテーラーがいるから何でも作れるよといわれました。でも私はテーラーがいて彼とも長い付き合いで彼はまだ若く路上で一人でやっていて1年に1回来ることで生活を支えているから・・と言ったらボスがわかったから心配しないでと言ってくれました。うちのテーラーは15歳から仕事を始め今、まだ22歳なのです。
夕方は毎年行く海(Ocean)へ行ってみました。海は風が吹いていて、とても涼しくみんな夕涼みに恋人たちが来ていました。毎年この海をObembiと歩いていき帰りは夕日に向かって歩いて帰ったのに今日はいません。この海のいつものホテルに立ち寄るとみんな覚えていて子供は?と聞かれました。まだいつ来るかはわかりませんが去年あった人はみんな聞きます。海は変わらないけどこちらの状況は変わっていきます。いつまで変わらずにいれるかはわかりませんがここの海は本当に真っ白な砂がどこまでも続いています。
昨日日本へとたびだったみんなはドバイに到着です。 |
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| <ジャンボジャンボの日> |
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| 2010・7・26(月) |
今日はみんなとの旅行もついに最後となり私達もさいごのKENYA の夜を一緒にホテルに泊まることになりました。今日の夜はシーフードを食べに行く予定です。
午前中はモンバサの市内観光へ出かけ、なんと友達が偶然にも仕事で来ていて送迎をしてくれることに・・昨日の夜に突然電話があり私達を手伝っくれることに。以前はサファリドライバーだったが今はおまわりさんだ。
市内観光から戻りホテルで昼食を食べていると生バンドが演奏していてみんなとKENYAの代表的な歌を聞きたいと。。そうだあの曲だと思いリクエストした。ジャンボ・ジャンボブワナと始まるあの曲だ。始まるとみんな歌詞がわかれば歌える曲だと・・レストランも大いに盛り上がり曲が終わると大きな拍手をした。
この旅も終わりに近づくころにみんなスワヒリ語やKENYAに慣れたのにもう帰る日です。夜は本当はダウという帆船に乗 り食事をするはずだったがちょっとした手違いで乗船できなかったがみんなでロブスターを食べジャンボ・ジャンボな夜と旅でした。一緒に旅ができ、あっという間にお別れですが本当にみんな楽しく過ごせ素敵な時でした。本当にAsante
sana sana. |
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| < マイテーラー(フンディ) > |
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| 2010・7・24(土) |
朝は晴れていたのに急にスコールがあった。洗濯をして干し終わった直後だったのに外にも出れないほどの雨だったので諦めた。ケニアは雨が降っても洗濯ものを取り込まない。。しょうがないので雨の中仕事に街へ出かける。
モンバサのマタトゥはナイロビと違い番号で行き先が決まっていなく行先場所でリーフ・ムツワッパと呼び込みの声がかかる。1年ぶりの街だがあまり忘れていない。でも布屋街はちょっと不確かなので着いたら教えて!とコンダクターに行っておく。ナイロビと違い朝からムシムシして陽が照ると暑い。
1年ぶりの仕事場。まずはBAHATIのテーラーがいるかチェック。別にいつ行くとは言っていないし、連絡も取っていない。いるかなぁと半信半疑で行くといつもの場所でミシンをかけている。久しぶり?と挨拶。今年はたくさん仕事くれるの?と。やる気満々だ。たぶんいつもこの時期に行くので待っていたのに違いない。そしてオバンビイは?とそうだテーラーに預けて一回りしていた。今年は後から来るけどわからないと言った。
早速。オーダーするカンガ選びから。最初はスカートにするカンガ選び。オーダーのスカートは裁断から完成まで20分でできる。まち針も何もない。あるのはミシンとはさみとメジャーのみ。今日はもっとこなしたかったが久しぶりの湿気の暑さに疲れた。
そしてもう一つの仕事場。ここも信頼のおける所。バカリという信頼の仕事仲間がいる。すぐにミチヨと声がかかる。この2つの場所を行ったり来たりしていたらうちもフンディが3人いるから何でもオーダーしてと言われ、でも私には永い付き合いの
BAHATIのフンディがいる。そして彼の生活を毎年オーダーすることで支えているし彼はまだ若いからと話したらボスは気にしないでと。よかった。このモンバサの地では2つの信頼のおける仕事場がある。
あまりの暑さで今日はこのくらいで次にその足でお客さんのいるホテルへ。ここはリゾート。人もい少なく海も目の前。ちょっと休ませてもらう。夕方は皆でハッピーアワーでビアー&ワインを飲んで楽しい時間をでも暗くなっていたのでホームステイのママから電話がかかりさよならした。 |
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| <モンバサへ > |
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| 2010・7・23(金) |
今日からお客様と一緒に飛行機でインド洋の海の街モンバサへ。いつもモンバサには布の買い付け&洋服のオーダーに行く。いつもと違うのは飛行機で行くこと。。
お客様は飛行機からキリマンジェロの山を見ることを楽しみしている。そして私達も。いつもは9時間かけてローカル長距離バスで出掛けるが今年はお客様と同じ飛行機”ケニアエアーウェイズ”に乗る。
この航空会社とは相性が悪い。8年前にモンバサに行ったきり乗っていない。その時はエンジントラブルで揺れと共に引き返しその後数時間待たされた。あとはザンジバル島に行ったときはオーバーブッキングで私達だけ取り残された。大丈夫かな?と思い空港でチェックインすると。。フライトキャンセルですと言われた。次の飛行機でと。1時間後の。。次のは大きい飛行機よ!なんて付け加えている。怪しい?きっとこの便は人が少なく次の便と一緒にして大きい飛行機で飛ばすつもりだ。この航空会社ならありえる。。待つこと2時間。ようやく飛行機へ。。
なかなか飛ばず予定より30分も飛ばない。飛び立つとすぐに右側サイドにぽっかりキリマンジェロが。頂上には雪も見える。雲の中からすっぽり出ている。この為に席は右側を選んだのだ。お客様達も席を移動したりで写真に収めている。45分で着いた。ナイロビと違い湿気が多いが曇っていてそれほど暑くない。お客様をホテルに送ったのは夕方の5時。45分のフライトが3時間遅れで到着。懐かしい海が見える。
そして私達はオバンビイの伯母さんの家へ。ここが今日からお世話になる所。オバンビイはいないがこころよく迎えてくれた。そこに目のグリッとした小さい男の子がいた。名前はジョゼフ。どこの子?とお手伝いさんに聞くとなんとオバンビイの弟だと言う。物凄い驚いた。村からここのママが預かったという。自分の子と近い年なので。何か複雑だ。オバンビイはここにいつ来るのかなぁ?
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| <マサイマラから戻る > |
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| 2010・7・22(木) |
お客様がマサイマラからセスナでナイロビに戻ってくる。 ウィルソン空港へ迎えに行く。その前に足のペディキュアを予約して踵をツルツルにしてもらう。ケニアでは月1回のペースでやり、ここは男性のお客様が多い。びっくりするほどツルツルとピカピカになる。
そして空港へ。マサイマラからは45分のフライト。着くと飛行機が遅れているという。1時間待つのでドライバーとミルク入り紅茶(チャイ)とサモサを食べて待つことに。今日は朝は少し寒いのでチャイで温まる。TEKKO
のドライバー達にもご馳走する。ケニアの幼稚園生も皆ぴったりひっついて飛行機を見に来ている。”ジャンボ”と声をかけると驚いて目を丸くしている。大きなエンジン音がしてマサイマラからやってきた。車では6時間かかるのにあっという間に着く。元気そうなお客様の顔が見える。”先生ありがとう。すごい良かったです”と。動物もたくさん見れなんとヌーの川渡りも見れたそうです。そして今回はマラセレナに宿泊。ここは高台にありサバンナを見下ろせキリンも部屋から見れたそうだ。そして、これからランチ・そしてお土産を買いに連れて行く。夜はなんと日本食れすとらんに行った。生のマグロとお寿司を早くも食べてしまった。 |
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| <サイザルオーダー終了 > |
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| 2010・7・21(水) |
この3日間、ずっとここに通っていた。今日は早朝から行く予定でしたが1件オフィスで用がありお昼前に。BLTをランチに持っていつものマタトゥ乗り場へ。ここでサイザル工場のボスとばったり会ったので一緒に。ここはお互い信頼のおけるところでここまでになるのに時間がかかった。私達のだけのオリジナルデザインを少ない数でも嫌がらず作ってくれるのだ。そして強さやハンドルの長さもチェック。ひとつづつBAHATI
はカゴの中の布取っ手の長さそして毎年違ったビーズのデザインを生み出す。
それをどのようにサイザルとしてつけるのか?フンディ(職人)と納得のいくまで話してまずはサンプルをすぐに1つ作ってくれる。それで良かったら製品化する。そんな作業をどのデザインもやる。あっという間に5時。そろそろ帰らないと暗くなる。今度は出来上がった物をチェックするのにまたここに後日通う。
ナイロビの街はいたる所で道路工事があり掘り起こしているので物凄い埃。このエリアは特に酷い。靴も埃で真っ黒。
そして今日の朝の用は金曜日に一緒にモンバサに行くはずのオバンビイのチケットをキャンセルした。これも色々な事情があり日曜日一緒にパッツキングをし、あとは金曜日を待つばかりだったのに。遅れてくる予定だが不確かだ。。昨日は悲しいのと悔しい夜だった。1年も待ったのに。。。 |
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| <大忙しの日 > |
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| 2010・7・20(火) |
今日は朝から晴れるような気がして半袖にセーターで出かけた。毎年火曜日のマーケットの日は暑くなるのです。朝から準備を整え早くから出かけました。まず最初の仕事はサイザルバックのオーダーからなのでそのバックのデザインや中に入れる生地を見つけビーズをマーケットで探しながら数を考えお目当てのものは大体みつかりました。でもやはり今日は暑くなり日差しが強く買い物もくらくらしました。
お昼は疲れを取り戻すためナイロビで一番古いホテルにランチを食べにいきました。ここで冷たいビールとピザとこのところ生野菜をまったく食べてないのでサラダも食べてしまいました。
午後からはサイザルバックの工場へ今日も出かけて今日はデザインを考える日です。ここは一人ひとり分野に分かれた職人がいてパーツごとにその人のところにデザインや作ってほしいのを説明してなんとか大半のデザインが決まりました。
明日はボスにオーダーかける日です。街まで渋滞にあうので4時過ぎには帰らないとだめなので明日に仕事を残し終了です。でもここは毎年同じ人がいてくれ毎年BAHATIの面倒な注文にも真剣にやってくれる強い味方です。
今日は本当にくたくたになった日でした |
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| <仕事スタート> |
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| 2010・7・19(月) |
今日からいよいよ仕事再開です。お客様はナクル湖&マサイマラへサファリに出掛けている5日間でサイザルバックの仕事をしないと。
朝は9時前にに家を出ていつものタクシードライバーに電話をしゲートまで毎日乗るので値段交渉をしその後1年ぶりのマタツゥへ。音楽もガンガンでうるさいし途中で仲間のマタツゥの故障の手助けをする為止まったり。ドライバー任せなのは変わりはない。。ナイロビでの1日はあっという間に過ぎるから午前中から飛ばして仕事をしたい。いつものように友のオフィスへ顔を出しその後、両替・サイざるバックのリサーチの為ショッピングエリアへ。。再び街へ戻りLUNCH
TIME。サモサ&ゆで卵&ミルク入りのコーヒーでいつものランチ。そして次はサイザル工場へ。ここに行くマタツゥは要注意しないと。ダウンタウンから出発し危険なエリアへ。マタツゥも人が集まるまで出発しない。あっという間に30分。工場に着くとそこの前の道は水道管を埋める工事でガタガタそして埃。工場ではいつものメンバーが迎えてくれる。早速仕事へ。。今日はまずサイザル選びから山積みの中から1点づつ探す。治安が悪いエリアなので5時前にはここを出たい。今日から3日間ここに通い新しいデザインを考えオーダーする。1年ぶりのボスも街から戻り今年もたくさん買って欲しいと言われてしまい街に戻りついたのは5時を過ぎていた。
友が今日は早く家に帰るので一緒に車で便乗させてもらうことに。埃でのどもカラカラなのと乾燥で帰る前に友を待ちながらいつものBARでTUSKER
を飲んでしまった。あっという間の仕事初日でした! |
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| <オバンビィと再会> |
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| 2010・7・18(日) |
1年ぶりにオバンビィと再開の日。ランチに先約があり3時に家で会う約束をした。ゲートに行くとオバンビィがいち早くいつもの笑顔で門を開けてくれた。そして今年は色々事情が違う。従弟のマイキーも2年半ぶりにカンボジアから帰国した。そして妹もママも。。事情がありオバンビィ一人がナイロビに置いて行かれた。兄と慕っている従弟が今年は一緒だ。私達も会うことを緊張していた。オバンビィとは会いたいがその家族とは以前のように会えるだろか?と。自分の子でないからと自分の問題で一人オバンビィを置いて行ったことを許せるだろうか?などなど問題はたくさんあったが人はやはり会うことが一番そして子供はどの子も可愛い。来てよかったと。ナイロビの友も心配していたので途中から合流。友も話せて良かったと。そしてもう一人の家族チャーリーとも再会し今年は卒業の年で忙しい。本当に色々あったが会って心を通わせることは大事だと感じた。彼女にもそれが通じればと心から願う1日だった。
明日テストの為、街に行くチャリーと一緒に帰った。オバンビィは朝から今何時?とばかりチャリーに聞いていたとチャーリーが言っていた。
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| <マトマイニの日> |
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| 2010・7・17(土) |
今日はみんなと市内観光に出かけます。でも私達は、朝から携帯電話の開設と両替などナイロビでの生活への準備に出かけ、どこも事がなかなかはかどらずナイロビのポレポレ(ゆっくり)モードに変わっていきます。
そして今日はKARENという街へきりんに餌をあげられるジラフセンターに行きランチはRasty Nailというお庭の素敵な場所へ出かけいよいよ午後からマトマイニ孤児院へ。
毎年訪れてもう5回目になります。いつもは歩いて行くのですが今日はお客様も一緒で車もあるのです。今は菊本さんが日本に一時帰国されているので御嬢さんが留守番でいました。今年はお店で集まった寄付が1400$になりました。確かに御嬢さんに渡しました。みなさんご寄付をいただいた方本当にありがとうございました。
そして今年はサッカーボールをもって行ったのです。ここまで持っていくには急遽お店の隣の自転車屋さんに空気を抜いてもらったりナイロビではガソリンスタンドでは入れられずぎりぎり走ってスポーツ屋さんに入れてもらったりとバタバタで渡すことができました。ひとつのボールでみんなが遊べてとても喜んでいました。
毎年ここへ来るとのんびりしていて何もなくても子供たちの笑顔だけがありまさに希望(マトマイニ)があふれていてなんだか帰りはいつもほんわかとしていて優しい気持ちになれる場所です。今回はみんなといっしょだったのでたくさん話をしたり本当にいい一日でした。そして子供たちが作っていたチャパテイをもらいお腹まで暖かくなりました。
菊本さんが8月に戻られるのでまた機会を見つけてお会いしたいとおもっていますが・・・ 一年に一回しか会えないので是非と思っています。 |
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| <ナイロビ到着> |
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| 2010・7・16(金) |
無事にナイロビに到着しました。荷物は友が迎えに来てくれて無事に通過。。懐かしい顔のドライバーの姿もあり、晴天のナイロビ。そしてお客様の泊まるホテルへ。。
ドライバーは車を飛ばしている。どうして?と聞くと途中で渋滞があるから時間をかせいでいるという。。案の定街に近づくと混んでいる。でもみなさんこれがナイロビの洗礼。
そしてお客様たちは色々興味津々で見ている。マタツウや人など。渋滞も少しでホテルに到着。みな2日もシャワーも浴びていないので夕食までにシャワー。私達は友のオフィスへ。
久しぶりのメンバーに挨拶して夕食は中華へ。友も一緒にTUSKERBEERと円卓でたくさん食べた。もう頭の中も無事に到着した安堵感とBEERがきいてすぐにへとへと。夜の街をお客様と一緒に歩いてホテルへ。。みな外で飲む人に驚きナイロビの街に驚き無事ナイロビの初日終了です。あまりの疲れで友の家に行く車を待つ間、ホテルのロービーで寝てしまい友に起こされ友の家に着いたのは22時を過ぎていた。
明日は市内観光へ案内する。 |
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| <ドバイ到着> |
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| 2010・7・16(金) |
今年は4名のお客様と一緒の旅なのでにもなければいいと思っていたがなんと今年は羽田でドタバタがあった。。
時間通りに機内へ案内されたが機内には入れてくれない。。暑い通路で待たされているとぞろぞろ先頭が戻り始めている。説明がなく私たちも引き戻した。なんと機材設備不良でこの飛行機は飛べなくなったと話している。関空まであまり時間がない。ゲートも移動端から端へと移動。1時間も出発が遅れると言う。このままではエミレーツ航空に乗り継げない。J航空も人はたくさん出てきているが説明はできない。何とかクラブの人を先に乗せるだの言ってなかなか案内せず時間は過ぎる。ようやく出発。このままだと関空には出発15分前の到着。飛行機も飛ばす。55分で着いたがここから走って走ってようやく乗った。。エミレーツは待っていたのだ。。汗だくになりへとへとナイロビ出発。ドバイには予定到着時刻の1時間前。。今これを次の飛行機の待ち時間で書いている。。次はナイロビで。 |
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| <それでは。。> |
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| 2010・7・12(月) |
7/15に関西空港を出発してドバイ。そしてドバイで5時間待ち5時間のフライトでナイロビへ到着します。。そして今年は教室の生徒とその友4名が同行します。お客様と市内観光にご案内したりアフリカン音楽を聴きにいったりそしてインド洋の海へもご一緒します。。マサイマラ・ナクル・モンバサの海へ。そしてなんと帰りはドバイ1泊もありの豪華な旅行です。。そして私たちも一番楽しみにしているのはオバンビイに会うことです。どのくらい成長しているかなぁ。。そして今年は一緒に飛行機に乗ってモンバサに行きます。そしてマリンディでも夏休みがとれればと思っています。。この写真の海にいたオバンビイでそして海への買い付けも同行してくれるのを願っています。。1年はあっという間ですがオバンビイに会えない1年は長かったです。。そしてKENYA
の友も。。今年は何があるかわかりませんが心はもうKENYA です。そして一緒に行くお客様に素敵な時間を過ごして頂ければと思っています。。それでは皆さん行ってきます!そして8月末にお会いしましょう。。。 |
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